当クリニックについて

クリニック院長のご挨拶

 当クリニックを開院するにあたって、院長を務める星野弘がご挨拶を申し上げます。

 

クリニック開業の動機

 

 長い間精神科病院の勤務医として働いてきましたが、このごろは厳しい医療状況もあって、私が目標とする患者さんの柔らかい回復はどの病院に勤めても実現しがたくなってきています。増えるいっぽうの書類書きと会議で忙殺され、入院患者さんの治療は後回しになることさえあります。治療スタッフは増えているのに個々の患者さんに接する時間が減っているのも現実です。社会資源は充実しつつあり、患者さんに対する治療的枠組みは広がっていますが、患者さんは集団として扱われ、個々に沿った本来の治療そのものは逆に後退していると感じることが少なくありません。資源は乏しかったけれども、70~80年代の方が治療スタッフと患者さんの関係は生き生きとして細やかだったように思うことがあります。

 

 一病院勤務医として個人でやれることに限界がきたと感じるようになりました。

 私は、自分でやれることで他に何が残されているかを考えました。それには、これまでの精神科臨床の経験的ノウハウを生かし、自分の治療観を実現できる自分のクリニックを開院するのがいいかもしれないと思いました。生涯勤務医のつもりでしたので考えたこともなかったことです。私のような遅い開業はまれなケースだと思いますが、意外にも友人や家人は反対しませんでした。友人たちはむしろ喜んでくれたのです。

 これからは患者さんの不安や焦りをサポートしながら、しないでいい再発を減らし、患者さんに穏やかな生活を送っていただきたい、それが回復や治癒として実ることを願いつつ、尽力したいと思います。患者さん本人や家族の皆さんは長い通院生活で疲れています。士気を高め、希望を処方できたら幸いです。また、館山市に住んで5年目になりますが、千葉県の医師は偏在して房総半島では過疎であり、地域の精神科医はとても不足しています。精神科医を引退して、のんびり海釣りを楽しみながらスローライフを送るという目論見は棚上げして、安房地域の精神医療に少しでも役立ちたいと考えています。よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 わが国では経験やトレーニングの有無を問わず、自分が希望する診療科目を標榜できますが、私は精神科の臨床と教育に従事してきました。

 

 

 

略歴

星野 弘 (ほしの ひろし)

          1945年(昭和20年)新潟県上越市(旧柿崎町)生まれ  

     1963年(昭和38年)新潟県立柏崎高校卒業

      1969年(昭和44年)東京慈恵会医科大学卒業

   都下医療法人社団青山会青木病院、東大分院神経科に勤めて中井久夫先生と安永浩先生(昨年3月逝去された)に師事し、主に統合失調症や精神科疾患の治療と理解の仕方、精神科医の心得を教わった。また青木病院と慈恵第三分院において、故遠藤四郎先生に脳波の取り方、所見の判読と波形の解読など指導を受け、不眠症とてんかん患者さんの治療を行った。

  青木病院に約25年、東大分院に20年弱勤務し、イチローのマリナーズ移籍と同じ2001年(平成13年)に新潟県上越市高田西城病院に副院長として勤務。2008年(平成20年)三芳病院院長。2010年(平成22年)袖ヶ浦さつき台病院勤務。2012年開業して現在に至る。 

 

日本精神神経学会員、精神保健指定医

 

 著書

『分裂病を耕す』(星和書店、1996年)

『治療のテルモピュライ』(共著、星和書店。1998年)

『精神病を耕す』(星和書店、2002年)

論文

「水中毒」(精神科治療学10周年記念特大号、星和書店1995年)

「入院初期の問題」(分裂病の治療ガイドライン、星和書店、2000年)

「初回入院患者」(中井久夫先生と共著、新世紀の精神科治療、中山書店、2002年)など